大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和61年(ワ)7411号 判決

原告 大越富一

右訴訟代理人弁護士 高橋孝信

同 桜井光政

被告 佐藤玲子

被告 堤雅保

右両名訴訟代理人弁護士 石丸九郎

主文

一  原告と被告らの間の別紙物件目録記載の各建物の賃貸借契約の賃料が、昭和六一年一月一日から平成元年七月一三日までは一か月金二七万二六一九円、平成元年七月一四日からは一か月金二八万六七九八円であることを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  主文一項記載の賃貸借契約の賃料が昭和六一年一月一日から平成元年七月一三日までは一か月金二八万六〇〇〇円、平成元年七月一四日からは一か月金二九万五〇〇〇円であることを確認する。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、昭和四九年一〇月二一日被告らに対し別紙物件目録記載の各建物(以下、本件建物という。)を賃貸したが、昭和五九年七月二七日に成立した調停により、その契約条件は、賃料一か月金二六万円、期間昭和六〇年一二月三一日まで、但し、期間満了の場合は協議のうえ更に三年間更新することができ、以後の更新も同様とする、右更新に際しては、公租公課の変動等に応じて、一〇パーセントの範囲内で賃料の改定を行なうものとするなどというものになった。

2  そして、その後、公租公課、物価の変動等のため、従前の賃料は不相当になったので、原告は、昭和六〇年一一月二六日被告らに対し、昭和六一年一月一日以降の賃料を一か月金二八万六〇〇〇円に増額する旨の意思表示をし、更に平成元年七月一三日本件第一三回口頭弁論期日において、被告らに対し、同年同月一四日以後の賃料を一か月金二九万五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をした。従って、本件建物賃貸借の賃料は、右のとおり増額されたのに、被告らは、その効果を争っている。

なお、被告らは、冷暖房設備等の欠陥を問題とするが、原告は、被告らがその主張のように修理をしたことは知らず、その主張のように欠陥があることは争う。そして、本件建物は区分所有建物であるところ、被告らの主張の設備はいずれもビル全体の設備であるため原告にはその管理修繕権限はないこと、不調の程度はビルの老朽化に伴うやむをえない範囲内のものであることなどからすれば、仮に被告ら主張の設備にある程度の機能低下があるとしても、賃料増額請求自体を拒む理由とはならない。そして、原告の請求する増額の範囲は、右の機能低下がありうることを考慮したうえでのものである。

3  よって、原告は、被告らに対し、前記のとおりの賃料額であることの確認を求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁

1  1は認める。

2  2のうち、原告主張のとおりの意思表示があったこと及び被告らが増額の効果が生じたことを争っていることは認めるが、その余は否認する。

3  昭和五九年に本件建物の冷暖房配管の老朽化に伴う天井の水漏れ、非常灯及び店内照明の漏電などが生じたため、被告らは原告にその修理を要求したが、原告はこれに応じなかった。そこで、被告らは自費で補修をしたが、その費用として金三六万円を要した。また、本件建物(店舗)の冷暖房及び給排気設備は、被告らが修理した前記部分を除き、機能しておらず、そのため、本件建物における業務や、店員などの健康に支障が生じている。これらのことからすれば、賃料の増額請求は認められるべきではない。

第三証拠関係《省略》

理由

一1  請求原因1は当事者間に争いがない。

2  同2のうち原告主張のとおり賃料増額請求がなされたこと及び被告らが増額の効果が生じたことを争っていることは、当事者間に争いがない(但し、原告主張の口頭弁論期日においてその主張のとおり増額請求がなされたことは、審理の経過から明かである。)。

3  そして、《証拠省略》によれば、本件各賃料増額請求のなされた時点では、公租公課そのほかの負担の増加、敷地価格の上昇、比隣の建物の賃料との比較そのほかの一般的経済情勢の変化のため、それぞれの従前の賃料は低すぎて不相当になっていたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  被告らは、本件建物に加えた補修、冷暖房設備等の機能を問題とし、この問題があるため本件の各増額請求は許されないと強調するので検討する。

1  《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  本件建物は、地下三階付き一〇階建鉄骨鉄筋コンクリート造りビルの地下一階にある区分所有店舗である。右の地下一階は、約九〇軒の店舗からなる商店街を形成している。被告らは、本件建物をほぼ平等の間口の細長い二店舗に区画し、その一方で被告佐藤がエリカという屋号で、他方で被告堤がエルココという屋号で、いずれも衣料品販売などの店を経営している。本件建物には当初から冷暖房設備及び給排気設備が設置されているが、これらは、集中管理方式の配管により施設されている。

(二)  エルココ側の冷暖房設備には問題はないが、エリカ側の冷暖房設備は、請求原因1の調停成立後間もなく不調となり、配管や冷暖気吹出口から水が漏れるようになった。そこで被告佐藤は、昭和五九年一〇月頃専門業者にその修理を依頼し、業者は、隣りの店舗の配管から冷暖気を引き込む方法により修理したが、その費用として金三六万円を要し、被告側がこれを負担した。右修理の結果、冷暖房設備の使用及びその効果の点では、さしたる支障はなくなった。

(三)  給排気設備も、右(二)の修理の頃から、これを作動させると水漏がありうる状態となったため、それ以後は、被告らは、給排気設備を使用しないでいる。

右のとおり認めることができ(る。)《証拠判断省略》

2(一)  しかし、借家法七条の賃料増額請求は、同条一項所定の事由がある場合にそれに応じた客観的に相当な賃料額を形成できるようにする制度であるから、賃借人が過去において修繕費を負担したことがあったとしても、それだけでは、賃料増額請求権の行使自体を排斥する理由となしうるものではない。そして、このことは、右修繕費について賃借人が賃貸人に対し償還請求権を有する場合であるとしても変わるところはないのであって、この関係は、特別の事情のない限り別個に解決されるべき問題である。また、冷暖房設備は、その故障が生じたものの、修繕の結果、本件各賃料増額請求のなされる前にさしたる支障のない状態に回復していたのである。そして、冷暖房設備の機能にかつて問題があったということだけでは、これを、賃料増額請求後の相当賃料額認定の面でも斟酌すべきことにはならない。

(二) 次に、給排気設備の問題について検討する。前記のように、この設備は使用を差し控えることを余儀なくされているところ、前掲証拠によれば、右の状態は前記集中構造配管の全般的な老朽化に伴うものであること、その修繕は商店街全体に関わるものであって、高額の費用がかかり、その工事自体も容易ではないこと、従って、区分所有者にすぎない原告には現状では修繕は事実上ほとんど不可能であり、機能障害は一時的なものではないことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、《証拠省略》によれば、エリカ、エルココとも通路側の間口は全面を開け放して営業する構造になっており、そのように営業しているが、それでも、給排気設備が使えないため、特に夏場の冷房時に不快感を感ずる程度には影響があることを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。なお、そのほかに本件建物使用上具体的な支障が生じていることを認めるに足りる証拠はない。ところで、賃料増額請求制度の前記のような趣旨目的からすると、本件建物の給排気設備に右認定のように機能障害がありその修繕ができない事情があるとしても、それだけでは、賃料増額請求権の行使自体を許さない事由とすることはできないが、前記認定によれば右の機能障害は本件建物の快適な使用に悪い影響を与えていないわけではなく、ひいては本件建物の価値自体に消極的な影響を与えていないではないということができるから、この事実は、相当賃料額の認定に際して、幾分斟酌されるべき事情であるということができる。従って、被告らの前記主張はこの限りで理由がある。

三  そこで、相当賃料額について判断する。

1  《証拠省略》中には、冷暖房及び給排気設備に機能障害がない場合には、平成元年二月一日時点で、(1)積算方式による試算賃料が一か月金二〇万八八〇〇円、(2)差入済み保証金格差を考慮した場合の比準方式による試算賃料が一か月金二八万七八〇〇円、(3)スライド方式による試算賃料が一か月金二八万一〇〇〇円であるところ、賃貸借の経緯等を総合勘案すると、右時点の相当賃料額は(3)の試算賃料と同額である一か月金二八万一〇〇〇円とするのが相当であるという部分がある。しかし、このうち(3)は、請求原因1の調停に昭和五九年八月一日から一か月金二六万円で賃貸する趣旨の条項があることから、右同日の右賃料を最終合意賃料として同日以後の関係物価指数により時点修正を施したものであるが、《証拠省略》によれば、右調停では、被告らは、昭和五八年一月から同五九年七月までの一九か月分の従前賃料(一か月金二三万円)と調停による新賃料(一か月金二六万円)との差額(一か月金三万円)の清算金として合計金五七万円(金三万円の一九か月分)の支払義務があることを認めてその支払いを約していることを認めることができるから、これによれば、昭和五八年一月一日からの一か月金二六万円の改定賃料をスライド方式による試算賃料の基礎とするのが相当であると解される。そこで、この観点から計算すると、《証拠省略》によれば、鑑定書一四ページにある表のうち昭和五九年八月の一一二・一及び一一八・五という指数は、同五八年一月のそれぞれ一〇九・四及び一一〇・五を用いるべきであること、それらの置き換えをして同一五ページの上から二行目及び四行目の各計算をすると、それぞれの計算結果は、金二八万五四七七円及び金三〇万四六八二円となり、従って、同五行目の金額も金二九万五〇七九円となるから、(3)のスライド方式による平成元年二月一日時点の試算賃料は一か月金二九万五〇七九円とされるべきである。そのほかには、試算賃料の算定について、鑑定の結果にとりわけ不合理な点があることを認めることはできない。

2  そして、以上の認定と、当事者間に争いのない賃料改定の方法に関する事前の約束及び《証拠省略》に鑑みると、本件の場合積算方式による試算賃料を重視するのは相当でなく、スライド方式による試算賃料のほか比準方式による試算賃料を斟酌して相当賃料を定めるのが合理的であると認めることができるから(比準方式による試算賃料には一般にその客観的妥当性に問題がないではないが、本件の場合これを全く斟酌しないのが相当であるという証拠はない。)、前者を二、後者を一の比重で計算すると、平成元年二月一日時点での相当賃料額は一か月二九万二六五二円となる。これを基礎として、《証拠省略》により認めることのできる昭和六一年一月及び平成元年二月の前記各物価指数の平均値(一一八・六三及び一二四・八〇)を用いて昭和六一年一月一日時点の相当賃料額を求めると、計算上、一か月二七万八一八三円になる。ところで、本件の場合、前記のとおり給排気設備の機能障害の点を消極的に斟酌するのが相当であるところ、本体の全証拠によってもこの点の斟酌程度を定めるについてある程度一般に用いられているような評価方法があることを認めるに足りる賃料はないが、前記認定の本件建物賃貸借の目的、経緯、右機能障害の内容及び程度並びに右障害のない場合の当面の相当賃料の金額自体に鑑みると、機能障害がない場合に比較して、二パーセントを減額するのが相当であると認めることができる。従って、右減額後の金額は、計算上、一か月金二七万二六一九円になる。

3  次に、平成元年七月一三日増額請求にかかる賃料については、その当時の相当賃料額は、同年二月一日当時の前記一か月金二九万二六五二円から前記のように二パーセント減額した一か月金二八万六七九八円を下回るものではないと認めるのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  以上によれば、原告の本件請求は、本件建物賃貸借契約の賃料が昭和六一年一月一日から平成元年七月一三日までは一か月金二七万二六一九円、同年同月一四日からは一か月金二八万六七九八円であることの確認を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤英継)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例